ぼくが生まれてごめんなさい(5年:道徳)
ごめんなさいね、おかあさん ごめんなさいね、おかあさん ぼくが生まれて ごめんなさい ぼくを背負う かあさんの 細いうなじに ぼくはいう ぼくさえ 生まれなかったら かあさんの しらがもなかったろうね 大きくなった このぼくを 背負って歩く 悲しさも 「かたわな子だね」とふりかえる つめたい視線に 泣くことも ぼくさえ 生まれなかったら 向野幾世 著「お母さん ぼくが生まれてごめんなさい」より |
++ 活動1
まずは、全国の障害者の数を予想させ、統計資料により障害者手帳を受けている人の数を知らせておいた。
そして、「障害のある子は、生まれない方がいいのかなぁ?みんな、どう思う?」そんな問いかけから授業をスタートさせた。 子どもたちはみんな、「そんなことはない。」「障害があっても立派に生きている人はいっぱいいる。」「障害があってもなくても同じ人間」・・・そんなことを口々に言った。 そこで、詩の作者「やっくん」を紹介。この詩を書いた2ヶ月後、15歳で亡くなったこと、歩けなかったこと、ずっとお母さんにおぶわれていたことなどを話した。みんな、しーんとして聞いていた。 ++ 活動2
やっくんの書いた詩を読み聞かせた。途中で泣きそう(私がね)になったので、読みたい子に交代してもらった。みんなしんみりと聞いた。
先日のキャリア教育の研修会で学んだことなんだけど、どんなに大変な障害を持っている人でも、その人のお陰で周りの人々はとても学べ、助かっている、人間は1人1人「ミッション」を背負って生まれている。やっくんにも、やっくんのお母さんにも、この本を作ってくれた人にも、ミッションがあり、果たしているよね・・そんな話をした。 以前私が特学担任として体験したことなども紹介した。ほんとに私はあの子たちのお陰で、どれだけ人としての生き方を学んだか分からない。何でもできることが優れていて、必要なのに人の手を借りることは許されない、そんなことは決してないはずだ・・etc、子どもたちと一緒にいろいろ話し合った。子どもたちも、「1リットルの涙」「電池が切れるまで」の内容や、身近な障害者のこと、父親の勤め先(障害者授産施設)のことなど、いろいろ話してくれた。 すすり泣く子もいた。 <詩についての子どもの反応>
++ 活動3
<子どもの反応>
この資料には、私たちの知らなかった現実がある。障害者はほんとにたくさんの犠牲を払い、我慢し、耐えている。ユニバーサルデザインやバリアフリー、ノーマライゼーションの考え方など、少しずつ社会は努力し始めているけれど、まだまだ心地よい社会ではないことがよく分かる資料だ。 ++ 活動4
画家の水村喜一郎さん(千葉県)を紹介し、作品を鑑賞した。水村さんは、10歳の時に両腕を失ったが、努力して生活し、絵描きになるという夢も果たし、個展を開いたりコンクールで入賞するなどして活躍し続けている人だ。
私たちも、今は健康と思っていても、いつ病気や事故に遭うか分からないし、お年寄りになって目や耳、手足が不自由になる人も多い。その時絶望し、あきらめるか、希望を持ってミッションを果たしていくか、それは今の生き方にも関わることなんじゃないだろうか。 <子どもの反応>
++ 終わりに
最後に、「お母さん ぼくが生まれてごめんなさい」をもう1度読み、授業を終えた。この詩に立ち返ったのは、やっくんの詩の後で水村さんの資料を提示したことで、やっくんの詩をネガティブに捉えてほしくなかったからだ。やっくんの言った「ごめんなさい」は、ミッションを放棄したわけでも何でもなく、それが彼のミッションだったことを伝えたかったのだが、私が危惧するまでもなく、子どもたちは十分分かっていた。「なんだ、伝わっていたんだ」・・そう思って、嬉しかった。
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