正 門 |
|
かつて、患者の居住区域の周りには、深い空堀と、そこから掘り出した土を盛った高い土手があった。土手の上には逃走防止用の有刺鉄線。
特効薬もなかった戦前は、ほとんどの患者は、ひとたび入所すれば、この正門から再び出ることはなかった。 |
ハ ン セ ン 病 図 書 館 |
|
入所者が書き記した作品などの文化遺産を遺すため、
35年前に入所者自治会の60周年記念事業のひとつとして設立された。 ここで、主任の山下道輔さんと、入所者のTさんにお会いした。 |
<少年少女舎> | |
もともと、少年舎と少女舎は別の建物だったが、 子どもの数が少なくなってからは、真ん中を仕切り、 1つの建物を使っていたそうだ。 |
中には、たくさんの布団が積み上げられ、放置されていた。 これだけ多くの子ども達が、ここで生活したということなのか。 文学作品も山積みされていた。 |
-
- - - - - |
|
-
- - - - - |
|
-
- - - - - |
|
-
- - - - - |
|
-
- - - - - |
|
-
- - - - - |
|
-
- - - - - |
|
-
- - - - - |
|
瓜谷修治著 三五館
「ヒイラキの檻〜20世紀を狂奔した国家と市民の墓標」 |
|
<帯より>
大きな敵を見逃すな 関心は自分のことだけ”中流意識”という砂の穴から顔だけ出して、あたりをうかがう海底のアナゴの群れ―。これが、わたしたちの社会だ。ヒイラギの檻など別世界のことだ、と見向きもされない現実は、こんな状況の中から生み出された。弱い者を踏みつけにする理不尽な政策に対して、国民主権の実質化であるイエス、ノーの意思表示をせず、いつの間にか政策推進に手を貸す結果になっていた。言うまでもないが、わたしも例外ではない。―著者 |
|
<目次抜粋>
|
「ヒイラギの檻」を読んで
|
ここのところ、ずっと悶々としていた。3週間前の星塚敬愛園の訪問以降は特に悩んだ。せっかくのこの出会いを、日々の教育活動の中でどのように生かせばいいのか、この膨大な事実・途方もなく悲しい現実の中から、何を抽出し、子どもたちに伝えていかなければならないのか、ひとりの大人として、私に何ができ、何ができないのか。
この本のお陰で、やっと見えてきた。 「差別を見抜く人間を育てる。」これに尽きる。(今更分かったのかって言わないでね〜。頭じゃ分かってたけど、心で納得したってことなんだから。) 差別的事象の伝承だけでなく、その根に何があるのか、人の心の奥で何が起こったのか、そこのところを見極める人間を、ひとりでも多く育てることが、こうやって機会を与えられた私のミッションだと思うし、それが人権教育なんだと心で感じた。無関心こそ、良心の、人間らしさの敵だ。罪なき何千人・何万人もの人々の、血と汗と涙を無駄にしてはならない。 平和学習も一緒だ。「こんなにひどい目に遭った、だから戦争はいけない」ってだけじゃあ、学びにならない。それを支えたひとりひとりの人間の心の愚かさ、加害者性に迫らなければ(そこは子どもに考えさせるところだが。)ほんとの教育じゃないのだろうと思った。 |